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日本人の気……質?

こんばんは。

 

以前内田樹さんの日本人論を読んで、一度日本人について考えてみたかったんですよね。ということで、

日本人の気質について考えていこうと思います。痛烈な意見もあるので、意見が左右されることと思います。さて、見ていきましょう。

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日本人って、思いやりがあって、秩序正しく、仲間意識があり、和の精神がありますよね。そんな美徳をもつ日本人でも、現実的にどんな人が多いのでしょうか?

 

1945年以後の現代史を考えて、実体験をもとに推論していきます。

 

日本は第二次世界大戦敗戦国となりました。当時は国民はみな貧しく、食に事欠く人々の様子を歴史の本で見たことがある人も多いのではないでしょうか。

 

その後、日本人は頑張ります。物質的・経済的繁栄を目指して、仕事を通して発展していきました。それは自ずと数字で表れていくことになります。高度経済成長です。

 

結果として現代はどうなっているでしょうか?

 

物質的に満ち満ちていて、あり余るものが捨てられてしまうくらいに発展しています。

そんな環境で育ってきた人たちは、人生の成功を物質的経済的な繁栄とみなしているのが普通かもしれません。ということは、前の記事で触れたように、霊的な事柄を考えもしない人たちが多いといえるかも、ですね。

 

実際、色んな人と話していると、その背後にある原則に気づくわけです。

会話の基本的なスタンスとして、自分に注意を向けてもらうために必死になったり、悩み事を打ち明けても自分とは関係がないために少ししか同情しなかったりと、”利己的である”という原則が存在しているように感じちゃいます。

本当に、冷めますよね(笑) ろくに意味深い会話ができない^^;

 

例のごとく聖書にはこう書いてあるんですよ。マタイ24:12なんですが、

また不法が増すために,大半の者の愛が冷えるでしょう。

はい。愛が冷えてる人多いですね。

物質主義の人は愛が欠けてますね。だから人としてつまらないんですよ。(ごめんね)
 
また歴史的な流れに戻りますが、情報社会となった今、日本や海外の大変な状況を簡単に知ることができます。ツイッターとかで、震災の時に「助けて!」というつぶやきが生々しさがあり、私たちは本当に助けたいという気持ちになりました。
 
そういうこともあって、善良な人は募金活動やNPOの活動などでアクションしている人も多くなっているとも感じています。
人を助けたい、という愛を持つ人もいるので、まだまだ捨てたものじゃないですよね。
 
とはいえ、聖書の原則で考えたときに、募金活動って如何ほどなものか、次回考えていきたいと思います。
 
ではでは^^/

 

玄関に大切な物を忘れちまった!!

こんばんは。

今日は人類が発展してきたに当たって”大切な何か”を忘れて歩んできたよね、っていう話をしたいと思います。

3つの面での発展、日本での具体例、そして忘れ物ってなんだっけ、という展開です。

 

(時代の流れに疎い部分があるので、論理の飛躍が所見されるかもしれません。)

 

学問面

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僕たち人類って、最近までに凄すぎる発展をしてきましたよね。

例えば学問の面では、ニュートン万有引力の発見や微分積分学の発明によってこの世界の本質を知的に知ることができてきました。今では子どもが学校に行ける国では高校生のレベルで万有引力の方程式を扱いますし、微分積分学もわかります。発見当時は数学者しか知らなかった数学を、今では世界中で理解されています。しかも若者たちが。

 

 

産業面

産業革命(さんぎょうかくめい、: Industrial Revolution)は、18世紀半ばから19世紀にかけて起こった一連の産業の変革と、それに伴う社会構造の変革のことである。
産業革命において特に重要な変革とみなされるものには、綿織物の生産過程における様々な技術革新、製鉄業の成長、そしてなによりも蒸気機関の開発による動力源の刷新が挙げられる。これによって工場制機械工業が成立し、また蒸気機関の交通機関への応用によって蒸気船鉄道が発明されたことにより交通革命が起こったことも重要である。 (wikipediaより引用)

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イギリスで産業革命以後、エネルギー面での革命などで自動車や列車の発明があり、物資の流動効率が飛躍し、ヒトモノが移動してゆきます。それにより世界各国に技術・知識・人材・思想が広がります。世界中で産業面で発展していきます。

今となっては、陸海空での世界中の運送路、インターネット技術、ロボット、医療、遺伝子技術など様々な産業が発展し、人類はよりよい世界に向かっている、と感じている人は多いでしょう。

 

人権面

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世界人権宣言の作成及び採択の経緯

 


 1947年の第4回経済社会理事会は、国連人権委員会委員長の要請に基づき、国際人権章典起草のため委員会を設け、オーストラリア、チリ、中国、フランス、オランダ、ソ連、英国、米国を委員国に選出しました。この起草委員会は、事務局作成の章典概要、英国の提出した章典案、米国の提出した章典条項案、フランスの提出した宣言条項案を基礎に審議した結果、法的な拘束力はないが人権保障の目標ないし基準を宣言する人権宣言と法的な拘束力をもつ人権規約の双方が必要であるとして、その草案を国連人権委員会に提出しました。起草委員会は、人権規約の実施問題も審議し、メモランダムを国連人権委員会に提出しました。
 1947年の第2回国連人権委員会は、国際権利章典は、人権宣言、人権規約及びその実施措置の3分野のすべてを含むことを決定し、まず人権宣言の検討を行い、これを経済社会理事会を通じて総会に提出しました。
 同宣言案は、1948年12月10日に第3回国連総会において「世界人権宣言」(Universal Declaration of Human Rights)として賛成48、反対0、棄権8(ソ連ウクライナ白ロシアポーランドチェコスロバキアユーゴスラビアサウジアラビア南アフリカ)、欠席2(ホンジュラス、イエメン)で採択されました。同宣言は、人権及び自由を尊重し確保するために、すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準を定めたものです。なお、1950年の第5回国連総会において、毎年12月10日を「人権デー」(Human Rights Day)として、世界中で記念行事を行うことが決議されました。(外務省より引用)

世界人権宣言のリンク

世界人権宣言(仮訳文)

 

”すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。”

など、人権、倫理面でも大きな発展がありましたね。

かつでは奴隷制度など人を動物や物のように扱うような時代もありました。日本人は外国人からイエローモンキーともいわれていたそうですね。こういう思想があったそうです。

「サムライにしてはよくやりおる。」

黄色いサルのくせに白人と張り合ってて、目が離せない動物だ、という皮肉的な表現です。差別的な、蔑視した思想が過去にはありました。

そんな歴史と比べれば、世界人権宣言が如何ほどの発展か際立ってきます。

 

 

3つの側面を考えました。しかし、現代の人々の状況はどうでしょうか?

 

暴力にふける人たち、政治家の汚職、権利の濫用、快楽にふける人たち、子を殺す親、親を捨てる子、ギャンブルの合法化、同性愛の寛容化、毎日当たり前のニュースとなっている殺人事件。

 

キリがありませんね。道徳的に腐敗しているんですよ。

そう思いません?

 

読者さんは、そういった事柄があまりにも普通に行われているため、心を痛めている方もおられるでしょう。聖書中にも現代の状況について調和する聖句があります。

エフェソス4:18,19です。

彼らは精神的な暗闇にあり,に属する命から疎外されています。それは彼らのうちにある無知のため,またその心の無感覚さのためです。 彼らはいっさいの道徳感覚を通り越し,貪欲にもあらゆる汚れを行なおうとして,身をみだらな行ないにゆだねたのです。

まさにこの言葉の通りですよね?

精神的に貧しく、右も左も見えていない。心が無感覚で、道徳感覚を逸脱している。

そうです、様々な発展の背後に、道徳的価値観を置き去りにしてきた、といえます。

 

自分のことより他者の益になるように行動しよう、とか親に敬意を払って行動しよう、とか自分の内面の美徳を育てよう、とか常日頃考えてる人って本当に稀。

 

ほとんどの人は心が無感覚で精神的なことを考えもしない、つまらない人になってしまっている、と思いませんか?

 

人類の発展する玄関だったイギリスから、大切な道徳的価値観を忘れてきちゃった人類。忘れ物に気づいた人はどこに帰ればいいんですかね。(笑)

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7つの習慣のアレ

原則を中心に行動するという一貫した方向性を保ってブログを書いていきたいと思います。

 

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7つの習慣では、「原則中心で行動する」という教えがありますよね。

お金や妻、両親、学校、仕事、自分などはみな不完全で、それら不完全な事柄を中心として行動すれば、下手に影響されて満足いく意思決定、ないし人生を送れない、ということでした。

そこで引き合いに出された

”原則中心”

これは不変かつ普遍に存在し、人種・言語・文化・宗教関わりなく存在する内的な良い観念

つまり、愛・勇気・謙虚さ・自制心などのことでした。

 

これって、聖書にもっと詳しく書いてあるんですよ。

ガラテア5:22,23節です。

一方、霊の実は、愛、喜び、平和、辛抱強さ、親切、善良、信仰、温和、自制です。このようなものを非とする律法はありません。

 7つの習慣の著者、スティーブン・R・コヴィー氏は、一クリスチャンだったそうですね。彼はきっと聖書で鍛えられた良心をもとに7つの習慣を執筆したのでしょう。

彼が伝えたかった原則の本質はこの聖句のことでした。

 

ちょっと興味深いですよね。

 

続く文で、”このようなものを非とする律法はありません。”とは、まさに真実ですよね。誰も赤色は赤色だと信じて疑わないのと同じく、愛や喜び、平和といった人間の美しい特質は何ものにも否定されません。

 

あなたの日常の決定で、霊の実、原則に調和した意思決定はありますか?

 

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